米沢城

  
所在地山形県米沢市丸ノ内。JR米沢駅の西、2Kmの平地。
構造本丸、二の丸を囲んで総構えの三の丸を有する包括型の平城。天守閣は築かれず、東南の塁上に御三階櫓があった。
築城鎌倉時代に大江時広の築城に始まる。慶長13年、上杉景勝は城を拡張し、城下町を整えた。
城主ほか大江時広、以降大江氏8台、伊達宗遠、以降伊達氏16代、蒲生氏郷家臣蒲生郷安、秀行、直江兼続、上杉景勝、以降上杉氏13代
その他 大江時広は、鎌倉幕府の権力者大江広元の二男で、地頭となって長井庄に城を築いた。大江広房のとき、奥羽で勢力を得てきた伊達宗遠により攻め滅ぼされた。
 伊達政宗はこの城で生まれたが、天正18年豊臣秀吉によって陸前(宮城)58万石に転封を命ぜられた。
 蒲生秀行が宇都宮に移された後、慶長3年、上杉景勝が会津に入り、この時豊臣秀吉は直江兼続を米沢城主とした。関ヶ原の合戦後、上杉景勝は会津120万石から米沢30万石に転移させられた。
 謙信を初代とする上杉家十代目は、名君と称えられた上杉鷹山で、秋月家から養子として入ったが、殖産撫民に努めた。

「探訪日本の城 奥羽道」より2010/08/10 歩行図 東北旅行
本丸水掘上杉神社参道の上杉鷹山像
本丸にある上杉神社本丸南口の菱門

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