土浦城(亀城)

 
所在地茨城県土浦市中央1丁目。ほぼ霞ヶ浦に面している土浦駅の北西、1Kmの平地。
構造本丸・二の丸を中心に、三の丸・外丸のほか、武家屋敷や町家にも幾重にも水濠をめぐらし、北門、西門、南門を結ぶ濠で囲う総構の平城。
築城創築は永享年間(1429-41)に、小田氏麾下の今泉三郎によると云われている。江戸時代初期の西尾氏、朽木氏から土屋氏にかけて拡張整備された。
城主ほか今泉氏三代、菅谷氏三代、結城秀康、(土浦藩主)松平氏二代、西尾氏二代、朽木氏二代、土屋氏二代、松平氏一代、土屋氏十代
その他沼や水田にとり囲まれた土浦城が、さながら水面に浮かぶ亀のようであったということから亀城という雅号が付けられた。
東櫓、西櫓は明治時代の火災とか戦後の台風の被害により失われていたが、それぞれ平成10年、平成3年に木造本瓦葺き二層二階建で復元された。

縄張り「現地説明板」より2012/09/04 歩行図
土浦小敷地付近の大手門跡二の丸門位置に移築された旧前川口門
二の丸門近くからの外丸本丸土塀と内堀
内堀南東面現在の地図と対比描かれた江戸時代の城郭図
本丸櫓門(太鼓櫓)西櫓
東櫓東櫓と霞門
土浦城南門跡 市内大手町と大町の境付近

古城巡りの TOP